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赤レンガ倉庫 2007-10-22 Mon
函館赤レンガ倉庫
No.2686も同じく、函館の赤レンガ倉庫です。
つい、こんなクサい写真が撮れてしまうという意味で、
自分にこそ「似合わない街」と謙遜しておきます。

フェリーから下船して地図も見ないで走ってて、
いつのまにか迷い込んでしまったんだけど、
じつは2年連続。こんどは地理を覚えました。

 









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大地の恵み 2007-10-21 Sun
六花亭のお菓子
一目でわかっちゃう人もいると思うけど、
いちおう説明すると、あの六花亭のお菓子です。
こんなにたくさん、十勝のほうから届きました。
ごちそうさまです。(なれそめは別の機会にでも)
というわけで、
いま百姓を手伝いに来れば、これがお茶菓子です。

 









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似合わない街 2007-10-14 Sun
2年連続だもんなぁ
カーナビなしで、夜の道を走ってたら、
たどり着いたのは、昨年も来た街角でした。
さて、
この写真で特定できれば大したものですが。
( → こちら)

 





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山頂から 2007-10-06 Sat
函館山から定番夜景
このさいなので定番も。
言わずと知れた、
函館山からの夜景です。
今年も登ったけど、写真は昨年のもの。

 



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海上から 2007-10-05 Fri
湾から見上げる函館山
時間が前後しまって恐縮だけど、
上空から」の前日は「海上から」。
写真は、渡道初日となる8月5日に、
着岸間近のフェリーから見た夜景です。

函館山からの夜景は有名です。
でも、
函館山の夜景は珍しいのでは(^^;

 











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上空から 2007-10-04 Thu
道南の国定公園
10年前20年前と古い話のついでに・・・
今回の彷徨の時計も戻して、渡道2日目の朝に。

思いだしてみると、
はじめて北海道に行ったのは30年くらい前です。
上野発の夜行列車から青函連絡船へと乗り継いで、
翌朝、函館を出てすぐの車窓に目を見張りました。
と、当時をなつかしんで、
今回、そこを上空から撮ったのが、↑の写真。
って、もちろんウソ。
こちらのパンフレットからの複写です。

写っているところは、○○公園
って、簡単にわかっちゃうよね。
 

























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塩狩峠 2007-10-01 Mon
塩狩峠
旭川と稚内を結ぶ国鉄JR宗谷本線の塩狩駅です。
ここに、小説「塩狩峠」にちなんで、作家の
三浦綾子さんの旧宅が移築再現されています。
で、
これがクイズ第6問の答えです。
と、
知ったかぶりをしてみたけど、じつは、
何度となく通りがかってるのに、9年前までは
下記、母ちゃんの母ちゃんが書いてるとおり、
なんにも知らなかったんですけどね。(正直)
 













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孫と旅、本との出会い   
原田芳子(1999年4月)   
 うちの婿どのは、本州生まれだが大の北海道ファンなのである。昨夏も農繁期をやりくりして小さい車でやって来た。
 例年なら多忙だった私は見送るだけだったが、夫を亡くしてまだ三ヶ月、空き巣症候群の最中だった私に「お母さんもいっしょに」と誘われ、孫三人の座席に太いおばあちゃんが割り込むことになった。日帰りの旅は紋別に決まった。
 「紋別で蟹を食べましょう」にひかれた事もあったが、交通中心地に住みながら、縦横に走る道路も殆ど知らないのでわくわくした。紋別ではオホーツクタワーや流氷科学センター等、孫たちと三時頃まで楽しんだ。
 帰路、同じ道はつまらないと助手席の小五の男の子の提案で興部から二三九号線を走ることになった。孫は道の駅をカメラに納めて数をふやしていた。車中では退屈そうな小二の女の子と対照的に、私は久しぶりのドライブそのものが楽しくてしょうがない。
 下川、名寄、風連、士別、剣淵と、それらの町の名は長年耳に馴染んできたのに、方向や距離の認識もないまま今日まできてしまった。これこそ北海道だと感慨も新たに、窓外を見ながら和寒も過ぎようとしていた。
 運転する婿に話しかけた。「三浦綾子さんの塩狩峠の舞台になった所は方向違いかしら」と尋ねた。何度も往来して地理に明るい婿は「丁度この先ですよ」と言う。
 国道から人気のない細い道に入っていった。間もなく静寂な木立の中に古ぼけた木造駅舎を見たとき、長く脳裏の片隅に偶像化していたものが、突然現れたような戸惑いと感動にしばし立ちつくした。
 真夏というのにコンクリート敷きの待合室はひんやりとしていて、気がつくと中二の女の子が使い込まれたノートを熱心に見ている。それは全国のファンがやっと訪ねてきた感激を何冊かのノートに書き込んだもので台湾からのものもあった。
 小説はあまり読んだ事がなかったという孫に、帰宅後私は「塩狩峠」「泥流地帯」を手渡した。後日娘からは、孫がすっかり本の擒になったのよと知らせてきた。
ついでに、
その「孫」とやらが書いた作文も → こちらに。

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