| むかし取材で | 2007-09-29 Sat |
![]() | 同行[1]氏撮影 |
| 20年くらい前、こんな本 全国各地を取材してまとめたものです。 そのときお世話になった、たくさんの 農家のなかのお一人、名寄市のKさん。 国道沿いのお宅の前を通りがかったら、 ちょうど姿が見えたので訪ねてみました。 いまも無農薬の畑作でがんばっていて、 自信と誇りあふれる話はつきませんでした。 |
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| 商工会の訴え | 2007-09-29 Sat |
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| ひきつづいて美深町は、某コンビニのトイレ。 伊奈かっぺい氏の講演会ごっこもいいけど、 ここで注目は正面のドアのポスターのほう。 商工会が地元の高校存続を訴えているのです。 わが北茨城市でも、 県立高校が1つ廃校になるけど、 存続運動とか全くなかったなぁ。 |
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| 街なかの水路 | 2007-09-28 Fri |
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30年くらい前、東京の目黒区のはずれに住んでいました。
下宿の前を川が流れていたとは初め気づきませんでした。
だって、川とは名ばかり、フタがかぶせられてしまって、
水面など見えない、植栽の施された遊歩道だったのです。
当時、美濃部都政がさまざま先進行政に取り組んだけど、
川を水を住民から遠ざけてしまったことは失敗の一つだと、
後年、ひろく言われるようになったと認識しています。
ただし、そのころは川といえば、すなわちドブのことで、
住民がふれあえるような実態でなかったかもしれません。
15年くらい前に観た、ある映画の記憶から・・・
福岡県は水郷とも呼ばれる街、柳川市が舞台。
東京同様、ドブ川と化した堀割を埋め立てる
計画が建てられました。それを担当する部署の
課長だか係長だかに任じられた一人の市職員。
業務をすすめるうちに、既定方針を180度転換、
市長を説得し、水路をきれいによみがえらせ、
市民の憩いの場、さらに観光資源にまで育てる。
たしかそんな内容で、あわせて思い出すのは、
ナレーションがNHKの加賀美女史だったかな。
とにかく、
腹をくくって仕事をする行政マンが一人いれば、
そしてそれが住民の願とい重なる方向であれば、
こんなにも街づくりはすすむ!と印象的でした。
と、まぁ
長々と古い記憶をよみがえらせてくれたのが、
写真の場所。
道北は音威子府村の隣、美深町で見かけた川です。
草刈り大変だろうなぁ・・・いや、そうじゃなくて、
ふだん水量が少ないときには小堀で、人も親しめ、
雨などで増水したときには大きな断面の川で流す。
そんな工夫が凝らされた設計なんだと見ました。
追伸。
ここまで書いて、「柳川堀割物語」を検索してみました。
えっ!?
ジブリの宮崎・高畑コンビの作品だったの!?
いやぁまるで知らなかった。驚いた。
| ピョウタンの滝 | 2007-09-27 Thu |
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いえ、大人の旅は勉強の毎日でした。
その一端を少々・・・
クイズ第7問は、
中札内村にある「ピョウタンの滝」です。
きっと正解できる人はいなかったはず。
これまで、
十勝には何度となく足を運んできた私も、
ついぞ行ったことはありませんでした。
これからだって、
はたして訪れるチャンスはあったかなぁ。
それが今回は、
湧洞沼とか岩内仙峡(これは未報告)とか、
知ったかぶりを濃くすることができました。
NさんTさん、改めてありがとうございます。
写真は、
滝の由来?が書かれている看板です。
こちらに大きな画像もおいてみました。
面白い話なので、どうぞお読みください。
余談だけど、
上の写真と、別掲の大きな画像とは、
じつは同じ写真から加工したものです。
という
画像操作の技にも驚いてください(^^;
| ラジコン[2] | 2007-09-26 Wed |
![]() | ||
じつはヨットも、ラジコンでした。
ただし、動力源は帆に受ける自然の風で、
制御するのは帆と舵だけという本格船舶。
写真は、
真剣な目で玩具によってたかっている大人たち。
同行者(1)と、ヨットのオーナーNさん、そして
フライフィッシングのプロのガイドであるTさんです。
お二人とは、
ネットがご縁で、今回が初対面。(詳述略)
とてもとてもお世話になりました。
| ラジコン[1] | 2007-09-25 Tue |
| 展望台の下で | 2007-09-25 Tue |
![]() | ||
8月9日の午後に、ピラミッド展望台から
記念写真を撮っていた内外からのお客様、
カンちがいさせたままで、ごめんなさい。
CMの撮影でも観光イベントでもなくて、
ただおっさんが遊んでいただけなんです。
(7年前にも、前科があったっけ)
| ヨットを操る | 2007-09-23 Sun |
![]() | FlyingTanglerさん撮影 |
時系列からはずれるけど少し並べてみましょうか。
たとえば・・・
十勝のはずれにある湧洞沼というところで、
豪華なヨットを浮かべて遊びました。(初体験)
写真は、
そのヨットのオーナーのページから拝借。
(これから事後承諾をお願いしてきます)
じつは、
バーや七輪も同オーナー宅で撮った写真でした。
って、詳細は後述。も、基本的には省略。
| おきざり | 2007-09-21 Fri |
![]() | ||
オホーツク海沿いの道を走りました。
さいはて感?とともに大好きな道なんだけど、
残念ながら真っ暗。とにかく先を急いで、途中、
猿払村の道の駅の隣で温泉につかりました。
浜頓別で右折して内陸に入り、たどりついたのは
音威子府おといねっぷの中谷牧場です。写真左が中谷さん
遅くにおじゃまして3人とも泊めてもらいました。
5年前になるけど、一度だけ訪ねたことがあって、
そのときはこんなふうに紹介したっけ。
じつは、
2人目の同行者写真右を0.5と記した理由は、
ここまで連れてきて終わりだったからです。
しばらく大きな娘の面倒をお願いしま〜す。
というわけで、
なんとか厄介払いができました。ようやく
オンナ子供にわずらわされない旅の始まり。
この後、いよいよ
大人の旅ってやつを報告していきましょう。
| 無線LAN | 2007-09-19 Wed |
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律儀にも、「野菜だより」の発行に追われていたのです。
なんとか船上で紙面は仕上がって、そのファイルを
ネット経由で自宅に送るばかりにはできました。
持参したパソコンはネットへの接続ができないので、
稚内市内のネットカフェからでも送るつもりでした。
ところが駅の観光案内所できいたところ、
同市内にはそんな店はないとのこと。代わりに
教えてくれたのが写真の「稚内サンホテル」です。
無線LANスポットになっているロビーで、
ホテルのパソコンを使わせてもらい、
無事に送信作業をすることができました。
ありがとうございました。
なお、この時間を利用して、
同行者たちは市内のコインランドリーで洗濯をしたり、
“一人旅”(後述)にそなえてガイドブックを購入したり。
そして夕食を済ませてから、最北端に立ち寄り、さらに
その夜のうちに音威子府まで行くことになったのでした。
(つづく)
| 礼文を後に | 2007-09-17 Mon |
「また来いよ07」なんて前号の表題には理由があって、
じつは、8年前に同じタイトルがあったもので。
ついでなので、
礼文島(香深港)での見送り風景をまとめてみました。
って、
1999年からでも4回も行ってるんかぁ・・・
1999年
2002年
2004年
じつは、8年前に同じタイトルがあったもので。
ついでなので、
礼文島(香深港)での見送り風景をまとめてみました。
って、
1999年からでも4回も行ってるんかぁ・・・
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| 礼文出港 | 2007-09-16 Sun |
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いよいよ出港。そのフェリー船上で、そろって変な
格好をしているのは、桃岩荘YHに泊まった人たち。
「エイトマン」か何かを歌いながら踊っているのです。
さいはての港に現出する異空間といっては大げさかな。
もちろん同行者たちも踊って歌っています。(右端と左端)
| 隊内からも | 2007-09-12 Wed |
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北海道クイズNo.9の人物は、矢臼別の川瀬氾二さん。
ネットで検索すればさまざまに紹介されているけど、
川瀬さんは、たとえば
自衛隊イラク派兵差止訴訟の原告の1人でもあって、
その弁護団に届いたという激励が写真の焼酎です。
航空自衛隊内で販売されている特別な酒だそうです。
「献捧」とは何とも凄まじい名前ではあるけど、
派兵反対の思いは自衛隊の内部にもあるのです。
きょう午後、
驚くべき無責任男のニュースが流れたけど、
あれが最高指揮官ということになってるんだから、
そんな奴の下で命を投げ出させられるのでは、
たしかに自衛隊員も気の毒かもしれない。
まぁ
国民全部が戦争に投げ出される前でよかった。
とはいえ、シン坊
教育基本法を変えちゃったり、3年の時限爆弾
を仕掛けた上で自爆テロやったんだよなぁ。
| 鯛焼きゲット | 2007-09-08 Sat |
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フェリーに乗り遅れてしまったため、
利尻島をあきらめたことは報告しました。
でも、
そのおかげで、タイ焼きゲット。
うん、やっぱりおすすめです。
「礼文島といったらタイ焼きでしょ」
と、
ツウぶって吹聴して大丈夫ですよ(^^;
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