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矢臼別 2008-11-03 Mon
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青函フェリー 2008-06-11 Wed
青森フェリーターミナル

北海道に渡るコースとして、これまでに
利用したものは下記のとおりかな。(順不同)
(列車)
 上野発の夜行列車、
(飛行機)
 羽田空港~旭川空港、
 福島空港~千歳空港、
 仙台空港~千歳空港、
(フェリー)
 青森港~函館港、
 八戸港~苫小牧港、
 八戸港~室蘭港、
 仙台港~苫小牧港、
 大洗港~苫小牧港

写真は、2007/08/05 夕方、
青森のフェリーターミナルです。この港からだと、
東日本」の船にしか乗ったことなかったけど、
ほかに「青函」と「道南」が就航しています。
(かつてはトラック専用だったのかも?)
で、
2007年は、「青函フェリー」で渡ってみました。
小さめの船で、料金が安く、所要時間は同じです。

あ、2008年は、
「東日本」社の高速フェリーを予約しました。
いわば、→ かたきうち(^^;

 














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航行万里 2008-05-12 Mon
矢臼別の浦さん
広角レンズで隅っこに入っちゃったんだけど(^^;
画面の左端でテレているのは浦舟三郎さん。
北洋航路の大型貨物船の元船長さんです。
いまは、
軍事演習場のど真ん中から平和週報を発信中。
(あえて「週間」としているそうです)

矢臼別平和盆踊りに参加した後、
そのまま泊めていただきました。

4年前に勝手に話題にした迫力写真を、今回
ムリを言って並べてもらいました。(感激)
この組写真のタイトルが「航行万里」。

 














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定刻主義者 2007-12-01 Sat
矢臼別平和盆踊りのやぐらの上でトランペットを吹くまっぴらさん
写真は、「矢臼別平和盆踊り」の会場です。
やぐらの上でトランペットを吹いているのが、
自称「帝国主義者」・・・じゃなくて「定刻主義者」
・・・って、ナンノコッチャ? じつは
きょうの新聞で、こんな記事を見つけたもので。

そうそう、矢臼別では、
かのアレン・ネルソン氏を紹介してくれて、
こちらの写真を撮ってくれたのが、上記の
トランペッターまっぴらさんこと松平晃さんでした。
 














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当たり!(私信) 2007-11-11 Sun
大沼公園のパンフレット
表題のとおり私信です。ふふん、
やはり天は見たもうてらっしゃる。
覚えてるかい > 同行者たち殿、
大沼公園でのアンケート(写真審査)。
「抽選で当たりました」って景品が届いたよ。
それが写真、大判の観光パンフレットです。
じつは、「上空から」は、
このパンフの表紙を複写したものでした。

 









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宇宙空間? 2007-11-11 Sun

余市町にある道の駅「スペース・アップルよいち」
余市町にある道の駅「スペース・アップルよいち」
同行者たちの性根の曲がりが写った?
わけではなく、修正画像でもありません。
道の駅「スペース・アップルよいち」の、
とある体験コーナーで撮ったひとこまです。

たまたまか、ついでにか
こちらの記事の添えてみました。

 









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赤レンガ倉庫 2007-10-22 Mon
函館赤レンガ倉庫
No.2686も同じく、函館の赤レンガ倉庫です。
つい、こんなクサい写真が撮れてしまうという意味で、
自分にこそ「似合わない街」と謙遜しておきます。

フェリーから下船して地図も見ないで走ってて、
いつのまにか迷い込んでしまったんだけど、
じつは2年連続。こんどは地理を覚えました。

 









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大地の恵み 2007-10-21 Sun
六花亭のお菓子
一目でわかっちゃう人もいると思うけど、
いちおう説明すると、あの六花亭のお菓子です。
こんなにたくさん、十勝のほうから届きました。
ごちそうさまです。(なれそめは別の機会にでも)
というわけで、
いま百姓を手伝いに来れば、これがお茶菓子です。

 









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似合わない街 2007-10-14 Sun
2年連続だもんなぁ
カーナビなしで、夜の道を走ってたら、
たどり着いたのは、昨年も来た街角でした。
さて、
この写真で特定できれば大したものですが。
( → こちら)

 





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山頂から 2007-10-06 Sat
函館山から定番夜景
このさいなので定番も。
言わずと知れた、
函館山からの夜景です。
今年も登ったけど、写真は昨年のもの。

 



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海上から 2007-10-05 Fri
湾から見上げる函館山
時間が前後しまって恐縮だけど、
上空から」の前日は「海上から」。
写真は、渡道初日となる8月5日に、
着岸間近のフェリーから見た夜景です。

函館山からの夜景は有名です。
でも、
函館山の夜景は珍しいのでは(^^;

 











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上空から 2007-10-04 Thu
道南の国定公園
10年前20年前と古い話のついでに・・・
今回の彷徨の時計も戻して、渡道2日目の朝に。

思いだしてみると、
はじめて北海道に行ったのは30年くらい前です。
上野発の夜行列車から青函連絡船へと乗り継いで、
翌朝、函館を出てすぐの車窓に目を見張りました。
と、当時をなつかしんで、
今回、そこを上空から撮ったのが、↑の写真。
って、もちろんウソ。
こちらのパンフレットからの複写です。

写っているところは、○○公園
って、簡単にわかっちゃうよね。
 

























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塩狩峠 2007-10-01 Mon
塩狩峠
旭川と稚内を結ぶ国鉄JR宗谷本線の塩狩駅です。
ここに、小説「塩狩峠」にちなんで、作家の
三浦綾子さんの旧宅が移築再現されています。
で、
これがクイズ第6問の答えです。
と、
知ったかぶりをしてみたけど、じつは、
何度となく通りがかってるのに、9年前までは
下記、母ちゃんの母ちゃんが書いてるとおり、
なんにも知らなかったんですけどね。(正直)
 













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孫と旅、本との出会い   
原田芳子(1999年4月)   
 うちの婿どのは、本州生まれだが大の北海道ファンなのである。昨夏も農繁期をやりくりして小さい車でやって来た。
 例年なら多忙だった私は見送るだけだったが、夫を亡くしてまだ三ヶ月、空き巣症候群の最中だった私に「お母さんもいっしょに」と誘われ、孫三人の座席に太いおばあちゃんが割り込むことになった。日帰りの旅は紋別に決まった。
 「紋別で蟹を食べましょう」にひかれた事もあったが、交通中心地に住みながら、縦横に走る道路も殆ど知らないのでわくわくした。紋別ではオホーツクタワーや流氷科学センター等、孫たちと三時頃まで楽しんだ。
 帰路、同じ道はつまらないと助手席の小五の男の子の提案で興部から二三九号線を走ることになった。孫は道の駅をカメラに納めて数をふやしていた。車中では退屈そうな小二の女の子と対照的に、私は久しぶりのドライブそのものが楽しくてしょうがない。
 下川、名寄、風連、士別、剣淵と、それらの町の名は長年耳に馴染んできたのに、方向や距離の認識もないまま今日まできてしまった。これこそ北海道だと感慨も新たに、窓外を見ながら和寒も過ぎようとしていた。
 運転する婿に話しかけた。「三浦綾子さんの塩狩峠の舞台になった所は方向違いかしら」と尋ねた。何度も往来して地理に明るい婿は「丁度この先ですよ」と言う。
 国道から人気のない細い道に入っていった。間もなく静寂な木立の中に古ぼけた木造駅舎を見たとき、長く脳裏の片隅に偶像化していたものが、突然現れたような戸惑いと感動にしばし立ちつくした。
 真夏というのにコンクリート敷きの待合室はひんやりとしていて、気がつくと中二の女の子が使い込まれたノートを熱心に見ている。それは全国のファンがやっと訪ねてきた感激を何冊かのノートに書き込んだもので台湾からのものもあった。
 小説はあまり読んだ事がなかったという孫に、帰宅後私は「塩狩峠」「泥流地帯」を手渡した。後日娘からは、孫がすっかり本の擒になったのよと知らせてきた。
ついでに、
その「孫」とやらが書いた作文も → こちらに。

むかし取材で 2007-09-29 Sat
名寄市のKさん 同行[1]氏撮影
20年くらい前、こんな本を書きました。
全国各地を取材してまとめたものです。
そのときお世話になった、たくさんの
農家のなかのお一人、名寄市のKさん。
国道沿いのお宅の前を通りがかったら、
ちょうど姿が見えたので訪ねてみました。
いまも無農薬の畑作でがんばっていて、
自信と誇りあふれる話はつきませんでした。
 








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商工会の訴え 2007-09-29 Sat
美深町のコンビニのトイレのドアに
ひきつづいて美深町は、某コンビニのトイレ。
伊奈かっぺい氏の講演会ごっこもいいけど、
ここで注目は正面のドアのポスターのほう。
商工会が地元の高校存続を訴えているのです。
わが北茨城市でも、
県立高校が1つ廃校になるけど、
存続運動とか全くなかったなぁ。
 








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街なかの水路 2007-09-28 Fri
美深町で見た小さな川
勉強ばっかりだった(^^;北の旅の報告をつづけます

30年くらい前、東京の目黒区のはずれに住んでいました。
下宿の前を川が流れていたとは初め気づきませんでした。
だって、川とは名ばかり、フタがかぶせられてしまって、
水面など見えない、植栽の施された遊歩道だったのです。
当時、美濃部都政がさまざま先進行政に取り組んだけど、
川を水を住民から遠ざけてしまったことは失敗の一つだと、
後年、ひろく言われるようになったと認識しています。
ただし、そのころは川といえば、すなわちドブのことで、
住民がふれあえるような実態でなかったかもしれません。

15年くらい前に観た、ある映画の記憶から・・・
福岡県は水郷とも呼ばれる街、柳川市が舞台。
東京同様、ドブ川と化した堀割を埋め立てる
計画が建てられました。それを担当する部署の
課長だか係長だかに任じられた一人の市職員。
業務をすすめるうちに、既定方針を180度転換、
市長を説得し、水路をきれいによみがえらせ、
市民の憩いの場、さらに観光資源にまで育てる。
たしかそんな内容で、あわせて思い出すのは、
ナレーションがNHKの加賀美女史だったかな。
とにかく、
腹をくくって仕事をする行政マンが一人いれば、
そしてそれが住民の願とい重なる方向であれば、
こんなにも街づくりはすすむ!と印象的でした。

と、まぁ
長々と古い記憶をよみがえらせてくれたのが、
写真の場所。

道北は音威子府村の隣、美深町で見かけた川です。
草刈り大変だろうなぁ・・・いや、そうじゃなくて、
ふだん水量が少ないときには小堀で、人も親しめ、
雨などで増水したときには大きな断面の川で流す。
そんな工夫が凝らされた設計なんだと見ました。

追伸。
ここまで書いて、「柳川堀割物語」を検索してみました。
えっ!?
ジブリの宮崎・高畑コンビの作品だったの!?
いやぁまるで知らなかった。驚いた。



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